此処はツバサの双児吸血鬼を愛する管理人の、妄想の捌け口となっております。
9割方女性向け表現を含みますので、苦手な方は今すぐブラウザバックを。
双児への愛と欲望に満ちた同志の方は、どうかABoUT&伽の案内処へ。
BoMBは1000毎、又は並び、又は階段。おまけでイベント日付。詳細はABoUTにて。
では、とびっきりの悪戯をどうぞご覧下さい。。>>>Since.2007/10/31(Wed)
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旅に出てから、色々な次元で色々なイベントに出合ってきた。
その度にいつも自分は片割れに連れ回されてばかりだったけれど、
面倒だった事はあっても、嫌だった事は一度もなかった。
二人で楽しむのが好きだからこそ、イベントが好きな奴だから。
でも、そんな片割れに対して、自分からイベントに乗ってやった事は一度もない。
だから、たまにはこっちから何かしてやるのも良いかと思った。
少し低めの体温と穏やかな笑顔で自分を振り回す、あいつに。
【VAMPIRE's VALENTiNE!?】
その次元に降り立った時、二人は街の様子を見て食事がてら休憩を取る事にした。
春を迎える前の薄寒い風が二人の間を時折吹き抜けて行くが、街は一目見て治安も良く過ごしやすいだろう事が分かったからだ。
「良かったね、予備の服が使えて」
「あぁ」
二人はこの旅に出てから、たまに食事をしたり休息を取る時のために人間の衣服を何着か持ち歩いていた。次元によって世界の在り方さえころころと変わる中では、人間の衣服はそれ以上によく変わってしまう。
現地で調達しても良いのだが、すぐに旅立ってしまう次元も多く、普段の服装では調達する時点で怪しまれる可能性もあるため、自分たちの次元を旅立つ時に人間の衣服を多少持って来ていた。
更に以前の次元でたまたま手に入れたコートを、嵩張るからと手離す前だったのも運が良かった。 もしコートがなかったらいくら吸血鬼と言えども寒いし、人から見ても不自然だっただろう。
「それじゃ僕は食事して来るね。神威も程ほどになったら宿に戻ってね」
「分かってる」
「じゃ、また後で」
「あぁ……と、昴流、地図は持ったか?」
いつも一緒に居る事が多い二人でも、こうした休憩等の時はよく別行動をする。だが昴流は何故か昔から、地図を持たせなければ一人で行動させるのが不安なほどの方向音痴だった。
なので神威は旅の間に別行動をする時は、出来る限り地図を手に入れるようにしていた。今回持たせたのは、宿を取るまでに歩いた街の一角で無料配布されていたものだ。
「…持ってるよ。もう、子供じゃないのに」
「日頃の行いを顧みろ」
「…………………じゃあ、行って来るね」
それこそ子供のような文句をすっぱりと一刀両断すれば、取り付く島のなさに昴流は沈黙してしまった。心なしか一瞬背後に暗雲が立ち込めたようだったが、神威の容赦のなさは今更と割り切ったのか苦笑しながら部屋を出て行った。
「…本当に大丈夫か、あいつ」
どうしても心に残る一抹の不安を感じながら、神威も部屋を出た。
‡ ‡ ‡
外に出て宿の近くの大通りを歩きながら、神威は今後の予定を考えていた。
普段なら食事は餌から摂取するが、旅に出てからは現地調達しなければならなくなった。餌以外の血を飲めないわけではないから適当な人間を引っ掛けて食事を済ませれば良いのだが、生来食欲に乏しい神威は面倒そうに人の波を眺めて溜め息を吐いた。
目に付いた奴を引っ掛けようと適当に辺りを観察すると、視界の端に人だかりが止まった。女性向けの可愛らしい店の前が女性で溢れかえり、それに混じって何やら甘ったるい匂いも漂って来る。
店のレイアウトや広告を見れば、明日の日付と共に見知らぬ文字がカラフルな装飾をされていた。
「何かのイベント、か…?」
思わず呟きが漏れるが、その内容に言ってしまってから眉を顰めた。
イベントと言うと、どうしても片割れに付き合わされた今までの事を思い出してしまい、無意識に眉間に皺を寄せてしまう。今まで付き合わされたものを嫌だと感じた事はないが、これはもはや面倒くさがりな神威の条件反射だ。
それはともかく人の多い場所を見つけられたのだから、さっさと食事をしてしまうに限る。漂ってくる甘ったるい匂いには正直あまり近付きたくないが、これから新しく探しに行く手間を考えればそこは我慢するべきだろう。
そう決断すると、神威はさっさと店へと足を向けた---が、もう少しで入り口と言うところに来て、大きな荷物を抱えた少女と擦れ違い様にぶつかってしまった。当然と言うように、彼女の持っていた荷物は地面へと零れ落ちてしまった。
「あっ、ごめんなさい!」
「いや…」
慌てて荷物を拾い集める少女を、仕方なく神威は手伝った。普段なら気にせず通り過ぎるのだが、さすがに人目のありすぎるこの場所でそれは憚られたのだ。
神威がしゃがみながら拾った品物を手渡すと、少女は突き付けられたそれに一瞬チョコブラウンのような瞳を丸くした後、溢れんばかりの笑顔を向けて来た。
「ありがとうございます!」
「……別に」
短く跳ねるビター色の髪が、目の前で勢い良く下げられた。しゃがんだ状態でのお辞儀だったが、立っていたなら軽く九十度近く上半身が曲がっていたかも知れない。
それに内心で目を瞠ったのは、神威の方だった。今まで荷物を拾ったくらいでここまで大げさに感謝された事はなかった。最も、神威が進んでそんな事をしてやったのは昴流くらいのものだったので比較対象が少ないのだが。
とにかく、神威はさっさと荷物を拾おうとした。さっきの少女の声のせいで、店内の視線が入り口へと集中してしまったのだ。向けられる視線が短気な神威の神経を逆撫でする。
だが原因である少女の方はと言えばそんな事はお構いなしに、手を動かしながら神威に話しかけて来た。
「お兄さんもチョコ買いに来たんですか?」
「………」
「あたしも友達とかの分を買いに来たんです」
「………」
「お兄さんは誰にチョコあげるんですか?」
「………何でチョコなんだ?」
返事を返さない神威に気分を害した様子もなく笑いながら話す少女に、神威は苛立ちと僅かな疑問を込めて問い返した。
「だって、明日はバレンタインだから」
「何だそれは」
問い返された事に更に笑顔を募らせていた少女は、思いも寄らぬ神威の返答に再び目を丸くした。 一瞬荷物を詰める手も止まってしまった。
「お兄さん、バレンタイン知らないんですか?」
「あぁ」
「じゃあ、チョコ好きなんですか?」
「別に」
「?じゃあ、お菓子作りが好きなんですか?」
「…いや」
ようやく荷物を詰め終わった二人はコートの裾を払いながら立ち上がった。だが少女の質問は終わらず、首を傾げながら笑顔を浮かべて訊いて来る。その表情がどこか不思議そうなのは気のせいだろうか。
「あっ、それじゃお遣いですか?」
「…何でそう思う」
度重なる質問にいい加減うんざりし扉に手を掛けていた神威も、流石にここまで重ねて問われれば自分がこの店に入ると不都合があるのだろうかと思い、少女へ身体を向き直した。
そんな神威に、少女はあっさりと答えをくれた。
「だってここ、お菓子の材料専門店だから」
…一瞬の内に、色々な思考が頭を過ぎって行った。
だから女がこんなに居るのに男は居ないのか、甘ったるい匂いがするのか、…て事はここは男子禁制なのか?
思わず手を口に当てて考え込んだ神威は、ふと浮かんだ疑問を少女に問い掛けた。
「ここに男は入れないのか?」
「そんな事ないです!でも、男の人はあんまり来ないから。この時期は特に」
入っても良い事は分かったが、少女の答えからしてかなり浮くだろうと簡単に予想出来た。
だが、この時期と言うのはどういう事かさっぱり分からなかった。
「明日は何かあるのか?」
「明日はバレンタインって言って、女の子が好きな人にチョコをあげる日なんです!」
「好きな人…」
「他にも、家族や仲の良い友達にも普段の感謝を込めてあげたりするんです」
「男はやらないのか」
「外国では男の人からもあげたりするらしいです」
それに神威は無意識の内に、再び口元に手を当てて考え込んでしまった。
いかにも昴流の好きそうなイベントだと思ったのだ。
血を糧とする吸血鬼にも、嗜好品というものは存在する。
嗜好品は摂取したところで糧にはならない、味を楽しむためのものだ。その中でも特にアルコールや菓子といった類のものは多くに好まれていた。
神威も昴流ほど摂取しないが、チョコ等の甘味は嫌いではない。昴流にいたってははっきりと好んでいる。
だからこそ、昴流が好きそうだと思った。
昴流はイベントを楽しめるのなら男女間の決まりはあまり細かく気にしない。今言われたバレンタインが女性中心のイベントだとしても、楽しめるなら性別など気にせず神威を巻き込んだだろう。
旅の間、あまり嗜好品を口にしていなかったから尚の事。
「どうかしましたか?」
「……いや」
ふと、少女に問い掛けられて我に返った。自分で訊ねたまま思考に没頭していたらしい。けれど無視される形となっていた少女は気にする様子もなくほんわりと笑っている。
「お兄さんも、誰かあげたい人が居るんですか?」
「…別に」
その質問に神威はほんの一瞬逡巡した後、あっさりと否定を返した。
やれば喜ぶだろうと言うのは想像に難くない。イベントはどうでも良いが、たまには嗜好品を買って行ってやるのも悪くはないだろう。
だが生憎気紛れを起こそうにも、神威はこの世界の通貨を持っていなかった。それにたとえ買えたところで煩わしい視線に晒されるのはご免である。
食事は別の場所にしようと踵を返した神威を、少女は一体どう捉えたのだろうか。
徐に神威の腕を掴んで引き止めると、ふんわりと笑いかけてきた。
「…一体何のつもりだ」
思わず訝しげな鋭い視線を向けるが、相手は一向に怯まずにっこりと笑って言った。
「一緒にチョコ作りしませんか?」
「…………は?」
‡ ‡ ‡
----どうしてこんな事になったんだ…?
神威は不機嫌な表情を浮かべながら、手元を睨んだ。
その視線の先にあるのは……ボウル一杯に入れられたチョコレートだ。
「それじゃ、丸めましょう!」
「……あぁ」
憮然とした答えに、何故か白と黒のテディベアを背負った少女は機嫌の良い笑みを更に深めた。
それを見て神威は、もう何度目かも知れない溜め息を吐き出した。
時間は少し前に遡る---
あの後、少女は内心戸惑っていた神威に折角のバレンタインなのだから一緒にチョコを作ろうと誘い掛け、自宅へと引っ張って行った。
いっその事腕を振り払って帰ろうかと思ったが、よくよく考えれば誰にも見られずに食事が出来る絶好の機会だと思い直したため、神威は抵抗せずに少女の家へと付いて行った。
だが、この少女と神威の相性はある意味において最悪だったのだ。
家へ着きリビングへとあがったところで、神威は食事をしようとテディベアを背負おうとしている少女の背後を取ったが、手を伸ばすと同時に勢い良く振り返られた挙句、こっちが口を開く前に笑顔でエプロンを押し付けられてしまい、初手のタイミングを逃してしまった。
これが色事に慣れた女なら多少タイミングを外されたところで、そんなものは無視して食事でも何でも出来るのだが、無邪気な笑顔で信用やら好意やらを向けられると、どうにも勝手が違う。
タイミングを逃してしまい眉を顰めた神威に、少女は「すみません、今すぐ用意しますね」と笑い掛けると、キッチンへと荷物を運びに行ってしまった。
それでも再びキッチンで用意をしている少女の背後を取り、今度こそ問答無用で喰おうと思ったら、またもや気勢を削ぐ絶妙のタイミングで振り返り「お待たせしました!」と菓子作りの道具を渡されてしまった。
その後も食事をしようとする度に悉くタイミングを外されてしまい、一時は故意にやっているのかと思ったが、どうやら根っからの天然から来るものらしいと分かった。
常々邪気のない好意による押しに弱いと片割れに評されて来た神威は、これがそうなのだろうかとようやく自分でも思い至った。毒気を抜かれて手を出し難い。
その後も少女の絶妙な天然さにより食事どころか文句を言うタイミングさえ潰されてしまい、結局断る事さえ出来ずチョコ作りをするに至ってしまった。
こうなったらさっさと作り終えてしまおうと開き直った神威は、不機嫌さを隠す事なく無言で作業を進めて行った。
先程冷蔵庫から取り出されたばかりのボウルの中のチョコを、どうすれば良いのか分からずに神威はただ眺めていた。そんな神威の横に少女が器を持って来る。
「神威さんはこっちに乗せていって下さい」
そう言うとボウルに入っているチョコを一口分手に取り、慣れた手付きで大まかな形に丸めると、神威とは別の器に置いて行った。
神威もそれに倣いボウルの中のチョコレートを一掴みすると、手の中で綺麗に丸め始めた。掌に程よい硬さが伝わって来る。だが、やはり溶け易いだけあってすぐに手の中でべた付いてしまい、形が整わない。
上手く丸める事が出来ず悪戦苦闘している神威に気付いたのか、少女は簡単なアドバイスをくれた。
「最初は大まかに丸めるだけで大丈夫ですよ」
「…?」
元居た次元で同じような形のチョコレートを知っていた神威は、内心それで良いのかと疑問符を浮かべた。
口に出されなかったそれを的確に読み取った少女は、笑いながら補足してくれた。
「最後のココアをまぶした後で整えると、ベタ付かなくてやり易いんです。だから今は適当に丸めても大丈夫ですよ」
「…そうか」
少女の器を見れば、言った通り適当に丸められたチョコがたくさん並んでいた。
最初から形を整えなくていいなら、神威の仕事も俄然早くなる。先程よりも数倍早いスピードで器にチョコが並んでいく。
しばらくの間二人は黙々チョコを作っていった。神威は無表情に、少女はおっとりとした笑顔を浮かべながら。沈黙がキッチンに横たわっていたが、どちらも気にしない。
やがてボウルの中のチョコが半分以下に減った頃、少女が口を開いた。
「量が多いからちょっと溶けて来ちゃってますね」
「……」
「こっちはあたしがやりますから、神威さんは仕上げしちゃって下さい」
「……あぁ」
少女がボウルの中の残りを引き受けている間に、神威は素早く手を洗って水気を取ると、自分の器のチョコにココアを振り掛けて手の中で再び転がし始めた。ココアを掛ける前よりもサラサラとした感触がして、先程よりも形が綺麗になっていく。
それを確かにやりやすいと思いながら、神威は自分の器のチョコを仕上げていった。
程なくして少女の方もボウルの残りを作り終わり、同じようにココアを振り掛け仕上げを始めた。
「神威さんのチョコ綺麗ですね」
「……別に」
「お菓子作りは初めてですか?」
「……あぁ」
「きっともらえる人も喜びますね」
「…………」
向けられるほんわりとした笑顔を見ながら、その言葉をリアルに脳裏に描いてみた。
確かに喜びはするだろうと思う。だが、それ以上に驚くだろう。
今まで気紛れに何かを渡す事はあったが、手作りのものを渡した事は数多い記憶の中で一度もなかったから。
それを想像すると、少し渡すのが楽しみなように思えた。いつも振り回されてばかりだから、たまには逆に振り回してやるのも良いだろう。ほとんど成り行きでやる事になってしまったチョコ作りも、渡された時の昴流の顔を思い浮かべるとほんの少しだけ面白く感じた。
やがて全てを仕上げ終わった二人はチョコを一旦冷蔵庫に入れて冷やす間、残りのココアを飲みながら時間を潰した。
少女がココアを淹れている間、神威はもはや食事をしようとは思わなかった。
と言うのも、背後から襲おうとした瞬間にまた絶妙なタイミングでかわされると想像がついてしまったからだ。そのまま襲おうという気概さえも削ぐ絶妙なタイミングは天性のものだろう。
これが故意ならばどうとでも出来ただろうなと思いながら、神威は差し出されたココアを口に含んだ。控えられた甘さが丁度良い。
「お砂糖足りなかったら好きなだけ足して下さい」
トレーに乗せられた二人分のカップと共に持って来られたシュガーポッドがテーブルに置かれた。 それに添えられるようにして、クッキーを持った器も置かれる。
だが、どちらもそれに手を伸ばす事なくゆっくりとココアを啜った。
ゆったりとした時間が流れ、神威は何とはなしに目の前の少女を見た。
見ず知らずの男を家に軽々しく招くほど積極的なのに、こっちが黙っていても会話を急かすような真似はしない。背後を簡単に取らせるほど無防備なのに、天性のタイミングで無意識にそれを回避してみせる。
永い時を生きてきた神威は色々な人間を見てきたが、ここまでちぐはぐで天然な人間は見た事がなかった。
だからかも知れない、自分から問い掛けるような事をしたのは。
「お前は、よくこんな事をするのか?」
「こんな事?」
「見ず知らずの人間を簡単に家に上げるのか?」
「…あんまりしない、ですよ?」
あんまりと言う事はたまにするのか、大体なぜそこで疑問系なんだ、と思ったがこの少女なら納得出来るような気がした。
実際彼女の知り合いから言わせれば、彼女の無防備さと天然さは比類するものがいないのは既知の事実である。それをよく指摘される少女は無意識に引き合いに出してしまい、言い切るにはいまいち自信が持てなかったのだが、それでも自分で思った事を口にした。
「なら、何で俺を連れて来た」
「えーと、……?」
その問いに少女は首を傾げて考え込んでしまった。その様子に神威は、こいつ本当に大丈夫なのかと、柄にもなく少女の無防備さを心配しそうになってしまった。
やがて少女はふと何かに思い当たったような表情をすると、笑いながら言った。
「神威さんが、大切な人にチョコをあげたいと思ってるように見えたから、かな」
「…!?」
思わず耳を疑った。
あの時神威がチョコをあげてみようかと考えたのはほんの一瞬の事で、更に神威は表面上はいつも通りの無表情のはずだった。なのに会ったばかりのこのおっとりとした少女が、あの一瞬でそれを読み取ったのだろうか。
神威の内心の動揺を分かっているのかいないのか、目の前の相手はほんわりとした笑みを深めて続けた。
「あげる相手が誰であっても、気持ちを込めて作ったチョコをもらえたら、嬉しいと思うから」
「…………」
「普段口にしない言葉も、手作りのお菓子は伝えてくれるんです」
あまりに単純明快な理由に、神威は無表情の裏で戸惑っていた。
常から人間の心理をあまり理解していない神威だが、この少女がある意味規格外だと言う事は流石に分かった。そんな目に見えないあやふやな理由で、見ず知らずの相手を家に招いて一緒にお菓子作りをする神経は、天然を通り越してただの馬鹿だろうと思う。
自分がここに来たのは食事をするためで、言わば少女を害するためだ。もし少女の天然振りがなければ、とうに食事をしていたはずだった。
こんな人間にわざわざ訊いたのが間違いだったと嘆息しそうになったが、何故か言われた言葉は神威の頭の中にしっかりと響いた。
『普段口にしない言葉を伝えてくれる』
それは神威に最も関わりの深い言葉だった。
神威は昔も現在も口数が極端に少なく、淡々とした口調で最低限の事しか喋らない。それは片割れと居る時も同じである。そんな神威に対しもっと喋るように要求する者は多かったが、昴流だけはありのままの神威を受け止めて、そのままで良いと言ってくれた。
だから昴流の傍は居心地が良い。無理に自分を飾らず自然体で居られるのは、濃い緑の中で肺の底まで深呼吸が出来るような安堵感がある。
けれど、今まで昴流に対しそんな心の内を伝えた事は一度もないし、これからもするつもりはない。 神威と同じ事を昴流が感じているのは雰囲気から分かるが、それは特別口に出すべき事ではないと思っている。
そうして神威の心の内にだけ存在する気持ちは、過ごして来た刻と同じだけ心の中にある。たぶん昴流もそうだろう。
口に出したくないから言わない訳ではない。敢えて言うなら照れくさいのだ、どちらも。あまりに身近で当たり前になりすぎて、改めて口に出すには言いにくい言葉達。それを口に出す機会は滅多にない。
けれど目の前の少女の言を真に受けるなら、作ったチョコがその切欠になると言う。
「神威さんは、そういう言葉を伝えたくなる時ってないですか?」
「………さぁな」
伝えてみようかと思う瞬間は過去にもあった。そんな時、神威は思うままに伝えた事もあれば、いつか伝えてみようかと思ってそのまま胸に沈めてしまった事もあった。永い時間を持つ自分達にはいくらでも機会はあると思って。
そう思って気付いた。人間は、自分達のように永い時間を持っていないのだ。
「…お前は、伝えたい奴がいるんだな」
ほとんど断定するような神威の言葉に少女は一瞬目を瞬かせると、今までで一番ほんわりとした、はにかんだような笑顔を返してきた。
‡ ‡ ‡
もはや陽が落ちて久しい帰り道を、神威は小さめのペーパーバッグ片手に辿って行った。
あの後、少女は出来上がったチョコを素早くラッピングし、ペーパーバッグまで用意してしっかりと神威に持たせた。そのコーディネートが赤と紫だったのは、偶然とはいえベタだと思わせるものだった。
だがそれに異を唱える暇もなく、少女は神威の背を押して玄関へと送り出してしまった。何か言おうにも材料費も何もかも負担してもらった手前、にこにこと笑っている少女に流石の神威も何を言えば良いか分からなくなり、暇の挨拶もそこそこに宿へと戻ったのだった。
その背中を見送りながら、少女は静かに微笑んだ。
その表情は先程までのほんわりとした笑顔を浮かべていた少女と同一のものとは思えなかった。
神威の後ろ姿が見えなくなると同時に、彼女は微かに浮かんでいた笑みも消して家の玄関を振り返った。春には未だ遠い季節に、コートを羽織っていない痩躯は冷えるというのに家へと足が進まない。 隣の家へと視線を移してもそこに灯りはなく、夜を映すばかりだ。門扉に手を掛け、足をぶらぶらと揺らして時間を潰す。せめてもう少しだけでも良いから、人の気配が残っている家へ入るのを遅らせたかった。
だが少女の落とされていた視線は、遠くから聞こえてくる足音によって戻された。
街頭の明かりの元に照らされた人影を認めた瞬間、少女は晴れやかな笑みを浮かべた。
「先生っ!」
「っ、お前、その格好で外に居たのか!?」
「ちょっとだけだから大丈夫」
先生と呼ばれた男は思わずと言ったように声を上げたが、少女のあまりに嬉しそうな笑顔に二の句を告げなくなった。
薄着を注意しようとした男が門扉越しに少女へと近付くと、間近に立つ彼女から甘やかな匂いが香って来て思わず眉を寄せた。
「良いから中に入れ、……何か甘い匂いがするな」
「あのね、さっきまでお菓子作ってたの」
「そうか」
「凄く楽しかったの!」
少女が満面の笑みに、男は何となく訊いてみた。
それは本当に何となく口にした問いだったのだが…。
「一人でか」
「ううん、二人!」
「あいつら来てたのか」
少女の友人を思い出しそう言ったが、それならば三人ではないだろうかと疑問に思っていると予想外の答えが返って来た。
「違うよ、知らない人」
「っ……!?」
今彼女は、知らない人、と言っただろうか。
いやまさかとは思いつつ、普段の天然振りを知っているだけに否定出来ず、男は重ねて訊いた。
「知らない人ってのは…どういう事だ」
「えっとね、今日買い物してた時に会った人と、一緒にお菓子作りしたの」
「っ……!!」
これにはさすがに男も頭を抱えた。
警戒心がないのは知っていたが、これほどとは。危ない相手だったらどうするつもりだったんだ、この少女は。
「あんまりお喋りしない人だったけど、凄く真剣にお菓子作ってくれて楽しかったんだー」
「……そうか」
あまりに楽しそうな少女に水を差し難くて、男は心なしか頭痛を感じる側頭部に手を当てたが、当人は至って暢気に今日の出来事を報告して来る。
これは近い内に改めて注意と自覚を促さなければと、男は密かに決意した。
‡ ‡ ‡
一方宿に帰り着いた神威は、部屋の扉の前で逡巡していた。
ただ部屋に入るだけならこんなに悩む必要はないが、手に持っているチョコがいやでも存在感を主張して来るのだ。
何も言わずただ渡して良いのだろうかと、神威は柄にもなくシチュエーションと言うものに捉われていた。
あの少女を規格外だとは思っても、言われた言葉は間違いなく神威の関心を引いた。
それ故に、どうしようか迷ってしまったのだ。
それだけでなく、慣れない行動も神威を内心迷わせていた。
今まで神威が自分から動こうと思った時、そこに気紛れ以上の意味はなかった。今回は成り行きと気紛れで作ってしまったが今まで振り回されてばかりだったせいか、どんな顔をして渡せば良いかいまいち分からなかったのだ。
柄でもない事が重なりすぎて、憂鬱な気分が降り積もって行く。単なる成り行きと気紛れの産物だったはずのチョコが、心なしか重くなった気がした。
「神威?」
「っ!」
「どうしたの、ずっと廊下に突っ立って」
一体どれほどの時間悩んでいたのだろうか。
些か呆れた風情の昴流が内側から部屋の扉を開け、腕を掴むと神威を部屋へと招き入れた。
「いつ入ってくるかと思って待ってたんだよ?」
「……悪い」
その返答に昴流は眼を瞬かせた後、ふっと笑った。
「別に悪くないよ。ただ、何かあったのかと思って」
そう言って神威の腕に自分の腕を絡め、部屋の奥へと引っ張って行くとベッドに腰掛けさせた。するとその低めの体温に何故か身体の力が抜けるのを感じた。同時に、ごちゃごちゃとした思考も抜けて行き、神威は自然に持っていたペーパーバッグを差し出せた。
「なぁに?これ」
「やる」
「…僕に?」
こくりと無言で頷けば、昴流はまるで恐る恐ると言ったように慎重に中身を覗き込んだ。それに失礼な奴だと思いつつ、一連の動作を見守った。
昴流はペーパーバッグに中から赤と紫で纏められたラッピングを取り出し、しげしげと見つめた。
「まるで神威みたいだね」
「…言ってろ」
自分でもそう思ったくらいだから、昴流がそう思うのも無理ないだろう。だが、改めてあげた相手の口から出ると恥ずかしいものなのだと、神威は嫌でも実感させられた。
思わず憮然とした表情で素っ気ない言葉を返すが、昴流は意に介さない。
「だって綺麗だよ、このラッピング」
「………」
そう言ってにっこり笑った昴流は、更にラッピングを解いていく。吸血鬼の鋭敏な感覚ならばもう中身はとっくに知られているだろうが、まさかそれが手作りだとはバレていないだろう。
案の定中身を見た昴流は驚くでもなく、でも嬉しそうに頬を緩ませた。
「美味しそう。これ、ほんとに僕がもらって良いの?」
「あぁ」
「でもこれ手作りでしょう?神威へのプレゼントじゃないの?」
「ちがう」
外で食事をして来たとなれば、やはり片割れの手作りとは思い付かないだろうし、誰かから貰ったと考えた方がまだ自然だろう。やはりと言うか、昴流もその結論に至った。
だから、次の昴流の台詞も当然と言えば当然だった。
「一つくらい食べたら?」
「俺が食っても意味がない」
「何で?」
「………」
ここでバラすべきか、神威は口元に手を当てて考え込んでしまった。
手作りのお菓子が口にしない気持ちを伝えてくれるのなら、やはり手作りである事は伝えるべきなのか。
どちらにしても相手が答えを待っている以上、それは言うべきかも知れないと神威は口を開いた。
「俺が作った」
「え?」
「……だから、それは俺が作った」
だから自分で口にしても意味がないと言い切った神威は、今までの経緯を淡々と語った。
少女に出会ってから帰って来るまでの経緯を大方喋り終わると、そこでようやく神威は横を向いて黙り込んでしまった片割れを見た。すると。
昴流は、チョコを持ったままの状態で眼を見開き、石化と言うのが相応しい状態で全ての時間を止めていた。
これに驚いたのは神威も同じだった。
驚くだろうとは予想していたが、まさかこんな抜け殻のようになるほど驚くとは思っていなかったのだ。
「昴流…?」
「…………」
あまりの無反応に不安になって顔を覗き込んでも、一向に反応しない。自分でも似合わない事をした自覚はあったが、ここまで驚かれると些か腹が立つ。やはり柄にもない事はするべきじゃない。
だから神威は不機嫌を隠さずに、元凶となった物体を取り上げようと入れ物に手を掛けた。
「いらないなら捨てるから、無理しなくて良い」
「っ、そんな訳ないじゃないっ!」
あまりに唐突な大声に、神威は思わず手にした入れ物を落としそうになった。
だがすかさず昴流の手が伸び、それは落ちる事なく手の中に収まった。
唐突な反応に神威が驚いていると昴流はベッドにそっと入れ物を置き、神威を横から強く抱き締めた。その抱擁は人間なら痛みを感じそうなほど強く、神威でさえ息苦しさを感じた。
「…、昴流、」
「ごめん。でも、我慢できそうにないや」
普段から自分であまり行動を起こさない神威は何かをくれる事はもちろん、手作りのものをくれた事は一度もない。それが成り行きとはいえ、まさか手に入るとは思わなかった。
たとえ成り行きでも、本当に面倒でその気がなかったら神威は絶対に作ってくれなかっただろう。 それが分かるからこそ、嬉しくてたまらなかった。
神威が自分の事を気に掛けてくれているのは良く知っているが、それでも、ほんの気紛れでもここまでしてくれるとは思った事がなかったのだ。
普段表わされないからこそ、心に響くものがある。
もしも神威が普段からこういった行動を起こす性格だったなら、ここまで昴流の心に響く事はなかったはずだ。
けれどあまり自分から行動を起こさず面倒だと切り捨てる神威が、自分のためにこうして行動してくれる。それが喜びでなければ何と表現できるだろう。
ましてや、お菓子作りなんてものは神威が最も面倒と感じるものの一つだろう。だからこそ、初めてもらうと言う事実と相俟って、昴流に言いようもない歓喜を与えてくれる。
こうやって時折示してくれる自分への“特別”がどれほど嬉しいか、神威自身はきっと気付いていないだろう。
チョコに視線を移せば手作りの名残のある、けれど綺麗に整った形が幾つも見えた。それにさえ果てしない愛しさが募る。
どれも美味しそうな甘い匂いを漂わせていて、甘いものが好きな昴流の嗅覚を擽り、自然と笑みが浮かんだ。
「そういえば、神威は味見したの?」
「いや…」
「そっか」
普段昴流ほど菓子類を口にしない神威の事だから味見まではしていないだろうと思って訊ねれば、予想と違わない答えが返って来た。
「なら、食べてみない?」
「いや、別に、」
その言葉は最後まで続かなかった。
言葉を発するための口腔は、絡まる舌と蕩ける酔いに似た甘さに支配され、神威の自由にならなかった。物理的にも感覚的にもせり上がって来る疼きが全身に巡る。作る時に混ぜられたブランデーが、必要以上に存在を主張したのは気のせいだろうか。
「--っ、ふっ…!」
「甘いね…。それに、とっても美味しいよ…」
口腔から甘さが消える頃には、二人の眼は既に色を変えていた。それは奇しくも先程咥内で溶けたばかりのチョコに混ぜられたブランデーのように、熱を孕んで揺れていた。
そう言えばいつか聞いた気がする。この菓子は一部では“媚薬”と呼ばれると。
----好きな相手に媚薬を渡す、か。
ならば自分は自ら片割れに媚薬を盛った事になるのだろうか。
自分から虎口に足を踏み入れるとは。柄にもない事はするものじゃないと思いながらも、神威はどこか満たされた自分を感じた。
何せ、体温を感じるだけで安心し、チョコを喜ぶ姿を見れただけで言葉を交わす以上に満足してしまった自分が存在するのを自覚してしまったのだ。思えばずっと昔から、どんな言葉を連ねるよりも確かにある隣の体温が一番雄弁に想いを語って来た。
言葉は大切だが、自分達はやはり熱で伝え合う方が性に合ってるのかも知れない。
----これが切欠だって言うなら、充分…か。
そう納得した神威は、言葉じゃ足りない想いを伝えるために昴流の背に腕を回し、次の甘いキスを待った。
【FiN】
いやもう言い訳さえ喉から出てきません;;
特に神威、ほんとごめんなさい…orz
作中の少女と男はやはりCLAMPキャラから。
ちょっとCLAMP作品の中ではマイナーに入るかも知れませんが。
…というか、ここ数年読み返してないのでぶっちゃけ喋り方や性格が分かりません!(爆)
でもCLAMPキャラの中でも天然&無防備っぷりは上位3位に入るだろうと勝手に思っているので、強引に使ってしまいました。
他にはみさきちや陸王が候補でした。(天然&チョコ好き)
ちなみに作中のトリュフの作り方は試した事ありません。(爆)
ていうかトリュフ作った事なくて、ネットで調べてアドバイスをそのまま流用してみました;;
お菓子作りに詳しい方は見逃してやって下さい!
こんな駄作を最後まで読んで下さった皆様、本っ当にありがとうございました!
…と言いつつ、例によって恥さらしのFreeを決行致します。
一人でも持って帰ってくれる人が居たら僥倖です、ほんと。
【Free小説配布規定】(更新履歴にも同じ規定を書いてます)
今回の配布期間は08年2月16日~08年2月29日迄とします。
文章の改変・作者偽造は禁止ですが、壁紙等のレイアウトはご自由にどうぞ。
サイト載せてやるか、という方は、必ず隅っこにでも作者名とサイト名を入れて下さい。
ただし、掲載は同人サイト様限定です。(ここに来るのは同人スキーさんだけだと思いますが)
お持ち帰り報告は個人・サイト掲載共に、こっちもご自由にー。
あ、もしサイトに掲載するとご報告して下さったら遊びに行くかもです♪(うわぁ迷惑←相手が)
念のため ⇒[作者:火-KaGaRi-狩、又は火狩][サイト名:xxxTWiNS TaLE]
それでは、少しでも楽しんでもらえる事を祈って…Happy VALENTINE!
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同属に電光石火でROM専から萌え落とされ墜落。
双児への愛が溢れる限り叫び続けます。