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「「WeLCOME To xxxTWiNS TaLE」」 (雛祭りは?)(…3月はWDだよね!…だってさ)
此処はツバサの双児吸血鬼を愛する管理人の、妄想の捌け口となっております。
9割方女性向け表現を含みますので、苦手な方は今すぐブラウザバックを。
双児への愛と欲望に満ちた同志の方は、どうかABoUT&伽の案内処へ。
BoMBは1000毎、又は並び、又は階段。おまけでイベント日付。詳細はABoUTにて。

では、とびっきりの悪戯をどうぞご覧下さい。。>>>Since.2007/10/31(Wed)

  お礼文⇒現在二種類
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ここの小説はイベント毎に期間限定でFreeにします。

イベント好きな昴流と、それに付き合わされる神威が次元を渡ってます。
そこはかとなく連作風味ですが、一話読み切りでも話は通じます。
よくCLAMPキャラが無記名で出張します。誰なのか想像しながら読んでみて下さい♪

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01【VAMPIRE's HaLLOWEEN!】(Free期間終了)
  ⇒サイト開設&ハロウィン記念小説。やたら長いですので覚悟してお読み下さい;;

02【】
03【】

04【VAMPIRE's VALENTiNE!?】(Free期間終了)
  ⇒色々ありえません。キャラ壊れ&捏造注意報発令!!どんな内容でも許せる方はどうぞ。

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「Trick or Treat?」
「……………は?」

 部屋に帰って来た片割れにそう問いかけられ、神威は虚を突かれて黙り込んだ。

 …すぐに反応できなかった神威を責めるものはいないはずだ、多分。

 


VAMPIRE's HaLLOWEEN!

 


「あれ、意味通じなかった?」
「…………違う」
「じゃあ、どうしたの?黙り込んじゃって」

 ベッドに腰掛けている神威の顔を覗き込みながら、小首を傾げて問いかける。
 本気で訊いて来る相手をどうしたらいいだろうかと、神威は内心頭を抱えてしまった。

 今の次元に降り立った時、二人は少し羽休めをしようと人間の衣服を纏って街で宿を取った。
 立ち寄った街に一歩入ると、街中が祭り前独特の賑やかさに溢れ、興奮と期待の眼差しをした子供達が街を走り回っていた。

 何かあるのかと宿泊先の主人に聞けば、明日に万聖節を控えているのだと言われた。
 この祭りを知らないなんて珍しいと軽く驚かれたので、旅人なので行事に疎いのだと返せば、主人は更に詳しく話を教えてくれた。
 その教えてくれた内容と言うのは確か…

「魔除けの祭りみたいなものじゃなかったか?」

 さっき昴流が言った問いかけは、お化けに仮装した子供達が色んな家でお菓子を強請る時に言うのだと聞かされた。もちろんその仮装の理由も。

「魔物が祝ってどうするんだ…」

 人々が仮装するのは、あの世とこの世の境目がなくなる日に、死霊に魂を取られないよう相手の目を誤魔化すためだ。
 それを聞いた時は無意味だと思ったが、これはそれ以上じゃないだろうか。

 何せ目の前に、誤魔化されるわけでもなく、一緒に祭りを楽しもうとする魔物が居るのだから。

 二人は正真正銘の吸血鬼であり、魔物であるという意味では死霊に分類されるだろう。 なのにどうして一緒に祝う気になれるのか。神威は片割れの思考を理解する事が出来なかった。
 だと言うのに、

「だって、面白そうじゃない?」

 けろりと返された言葉は単純明快で、更に頭を抱えさせるようなものだった。

「…………」
「ねぇ神威、Trick or Treat?」

 馬鹿か、と思う。
 ちなみに、これを他の人間が昴流に向けて言ったなら瞬殺する。
 永い時を共に過ごしてきた自分だからこそ言っていい言葉だ。

「馬鹿なんて酷いよ」
「勝手に思考を読むな」

 年甲斐もなく頬を膨らませて詰め寄ってくる。
 普通この外見年齢の男がやったら気持ち悪いと切り捨てられる仕草なのに、妙に似合っているから困りものだ。

「神威だっていつも勝手に覗くじゃない」
「その度に文句を言ってる奴が覗くな」
「だからお相子でしょ♪」

 違うと思う。
 だが、こういう時の昴流に何を言っても無駄だと長年の経験で分かっている神威は、それをさらりと流した。

 たまにこの片割れは妙に幼くなる。その切欠は色々あるが、とにかく昴流の好奇心に触れるものがあるとスイッチが入るのだ。
 今回は何が引き金かは分からないが、自分が部屋篭もってる間に何かに触発されたのだろう。

「あのね、ここのご主人の子供達が、一緒にお祭りに参加しようって」

 今回の理由はそれかと、神威は内心溜め息を吐いた。

 

 何でも、先ほど自分達が万聖節を教えてもらった時、近くでそれを聞いていた主人の子供達が二人に興味を示し、自分達のグループと一緒に行かないかと誘ったらしい。

 昴流を誘った子供達は十歳くらいの双子の姉妹だった。
 利発そうな黒髪翠目のショートッカットの女の子と、大人しそうな長い栗色の髪と目をした女の子が、昴流の服の裾を掴みながら期待に満ちた目で誘いかけて来たのだ。

 性格も正反対で見た目も全く似ていないその子達を見て、思わず昴流は幼い頃の自分と神威を思い出し、つい一緒に参加させてもらうと返事をしてしまった。

 

 ちなみに神威がこの話を知らなかったのは、説明を聞き終わってすぐに一人で部屋へと行ってしまったからだ。きっとその場に居たなら、断固として拒んだだろう。
 何故あの時自分だけで部屋へ行ってしまったのかと、今更ながらに悔やまれる。

「だったらお前だけでやってくればいいだろう」
「もう一人のお兄ちゃんともやりたいって言ってるんだよ」
「そんなの、俺の知った事じゃない」
「だって、二人とも神威が参加するのを楽しみにしてるんだよ?」
「知るか。だいたい衣装はどうする。明日はもう次の次元に渡るだろう」
「いつもの服を着れば充分仮装になるし、お祭りが終わった後そのまま次元を渡ればちょうど良いじゃない」

 どちらにも支障はないと言い切る片割れに、神威はこめかみを押さえ深々と嘆息した。

「何だって今回はそんなに絡むんだ」
「ん~……熱心に頼まれたから、っていうのもあるかな」

 先ほど誘われた時、確かに二人はもう一人のお兄さんともやりたいと言ったが、どうしても神威とやりたいと言ったのは、姉の後ろに隠れるようにしていた妹だった。
 大人しそうな彼女は姉の後ろからそっと顔を覗かせながら、揺れる目で必死に昴流を見上げて言ったのだ。

『あの……あの、もう一人のお兄さんも、い、一緒に…来てくれますか?』

 外見と違わず内気であろう女の子が、それでも精一杯の勇気を込めて訊いてくるのがいじらしくて、なるべくなら希望を叶えてあげたいと思ってしまったのだ。

 まぁ、一番の理由はそれではないのだが。

「はっきりしない言い方だな。他にも何かあるのか?」
「うん」

 あっさりと肯定する昴流に、神威は肩透かしを喰らった気分になった。

「…なら、何が理由なんだ」
「決まってるじゃない」

 そう言い切ると、神威の頬に手を添えしっかりと目線を合わせる。
 そして、まるで陽だまりのように笑いながら言うのだ。


「僕が神威と一緒にやりたいからだよ」

「二人で色々なものを見たり聞いたりしながら、いつもとは違う時間を過ごしてみたいんだ」

「……ダメかな?」


 一瞬、呼吸を忘れそうになった。
 ただでさえ片割れに対しては甘いというのに、こんな理由を笑顔付きで言われたらどうやって拒めるというのだろう。
 神威は溜め息を一つ吐いて、内心で白旗を上げた。

「………今回だけだぞ」

 ぼそりと呟くように言葉を落とせば、昴流は愛しい片割れに有り余る感謝を抑え切れずに抱きついた。

「ありがとう、神威!」

 耳元で更にもう一つ嘆息が聞こえてきたが、それでも背中に回される腕が無性に嬉しかった。

 だから、もっと、と欲張ってしまう。

 昴流は近くにある耳に、息を吹き込むように言葉を紡いだ。

「ねぇ神威、僕さっき言ったよね」
「っ…何、を」
「Trick or Treatって」
「それが、どうした?」

 その返事を聞き、先ほどとは違うそこはかとなく隙の無い笑みを浮かべる。
 その笑みに神威は嫌な予感を覚えた。

「昴流…?」
「神威、お菓子をくれなかったから、僕に悪戯する権利はあるよね♪」
「!それはっ、」
「もうダメ、時間切れ」

 言うと同時に、ベッドに押し倒される。

「おい待て、祭りは明日だろう!」
「いいからいいから」
「良くない!」

 

 その夜、一日早い悪戯が決行された。

 

   ‡ ‡ ‡

 

 そして万聖節当日の夜。

 

「「うわぁ……」」

 いつものスーツとマントを着て現れた双児の姿を見た途端、姉妹は揃って感嘆の溜め息を洩らした。
 二人の姿はそれほどしっくりとはまり、まるで本物の吸血鬼のように見えたからだ。

 事実、正真正銘の吸血鬼なのだが、まさか本物の吸血鬼が、吸血鬼の仮装のフリをして万聖節に参加するとは誰も思わないだろう。

「この格好は可笑しかったかな?」
「そんな事ないわ!凄くカッコいい!!」

 物言いのはっきりした姉が素直に褒めれば、その隣で妹の方も頬を染めながらこくこくと頷いてくれた。

「とっても似合ってます…」
「ありがとう、二人共。君達もとっても可愛いよ」
「ふふ、頑張って衣装を作った甲斐があったわ」

 姉は昴流に向かって悪戯っぽい笑みを向けた。

 姉はストレートの綺麗な黒髪に合わせ、黒いゴシック調のフリルのミニワンピースに銀色の十字架を散りばめ、悪魔の羽根と尻尾を付けていた。更に帽子からは角を生やし、外見は小悪魔そのもの。

 一方妹の方は姉とは正反対に、ふんわりとした白い膝下丈のワンピースに金色の十字架を散りばめ、背中に天使の羽根を付けていた。長いウェーブの栗毛に絡められた淡い硝子のアクセサリーが、彼女の髪を柔らかく彩っている。

 どちらも二人の雰囲気にぴったりで、お世辞無しにとても似合っていた。

「衣装だけじゃなく、君達も可愛いよ」
「あら、お兄さんは女の子を褒めるのが上手ね」
「だって本当の事だもの」
「どうもありがとう。お兄さん、きっと将来もてるわよ」

 昴流がその台詞に「何故?」と聞き返せば「女の子は素直に褒めてもらえるのが嬉しいからよ!」とマセた答えが返ってきた。
 そんな彼女に可愛いなぁと思って微笑み返すと、自分の隣から声がかかった。

「おい、行かなくていいのか」
「あ、忘れてたわ!待たせてごめんなさい」

 先ほどからずっと言葉を発さなかった神威からそう言われ、姉はくるりと踵を返した。

「それじゃあ、回る家に案内するわね」
「うん、よろしくね」
「任せて!」

 そう言うと彼女は妹の手を取って先を歩き出した。

 

 街中へと入ると、そこには仮装した人間達が溢れていた。
 大人から子供まで見渡す限りの街人が様々な死霊に扮装し、子供達はお菓子の袋を持ちながら家々を回っている。そこかしこの家から、決まり文句や笑い声が聞こえてくる。 その中に大人の悲鳴も混じっていたのはご愛嬌だ。

「賑やかだね」
「もちろんよ!皆楽しみにしてたんだから」

 姉の上機嫌な言葉に反応するように、近くで子供の声が沸き上がった。
 大掛かりな悪戯に成功したらしい子供達が家から出て来るのが見えた。

「…あれも楽しみの一つ?」

 それに言葉は返って来なかったが、にんまりとした悪戯っ子特有の笑みが雄弁な答えを返してくれた。

 一方、そんなやり取りをしている二人の後ろでは、相変わらず無愛想な神威と大人しげな妹が何を喋るでもなく黙々と歩いていた。
 こちらの二人は特に話す事もないのか、一向に会話をする気配が無い。
 しかし女の子の方は本当は話しかけたいのか、ちらちらと神威を横目に見ているのだが、無表情な神威を不機嫌と思っているのか口を開きかけては閉じてしまう。
 結局声をかけられなくて落ち込み俯くと、上から声がかかった。

「……言いたい事があるならはっきり言え」
「え?」
「さっきからこっちを見てるだろう」

 前を向いたまま視線すら寄越さずに言い切られる。
 だがそんな態度ですら、全くこちらに関心を払っていないと思っていた彼女には嬉しいものだった。思わず薄っすらと頬が染まる。
 もしかしたら、ただ他人の視線に敏感なだけなのかも知れない。
 だが、それでもやはり気付いてくれた事が嬉しくて、勇気を振り絞って問いかけた。

「あの、……お祭りに誘って迷惑じゃなかったですか…?」
「何でそう思う」
「それは、その………さっきからずっと無表情だったから、もしかしたら嫌だったのかなって、それで……」

 最後は尻すぼみになってしまったが、それでも彼女は視線を合わせない神威の顔を見ながら言った。しかし、自分の視線に気付くくらい気配に敏いと思った彼は、相変わらずこちらを見なかった。
 視線さえ向けてくれないこの人は、一体何になら興味を示すのだろう。

「別に」

 やはりちらとも視線を寄越さない神威は、ずっと前を見つめたままだ。
 何となくその先を辿ると、やがてそれが彼の片割れに注がれているのだと気付いた。

「あいつが来たいと言った。それだけだ」

 その一言で悟る。
 彼が気にかけるのは、自身の片割れだけなのだろう。

 それは、彼女の胸に冷たい事実として押し付けられた。
 …気付いた瞬間、世界が白く無音となり、時間が止まったような気がした。
 そして全てが戻ると同時に、寂しいような悲しいような複雑な感情に苛まれる。

 それが何という感情か、そしてどんな感情から来るものなのか幼い彼女には分からず、そんな自分に激しく困惑してしまう。
 だがどちらにしても気持ちは沈んでしまい、横の神威を見る事も、前を歩く二人を見る事も出来ず、彼女は足元を見て歩き続けた。

 だから、前から余所見をしながら走ってくる子供達に気付かなかった。

 もし前を見て歩いていたなら、そのままだと自分にぶつかると分かり避けていただろう。
 けれど俯いていた彼女にはそれが分からず、ようやく足音に気付いた時にはすでに避けきれない距離になっていた。

 衝撃を右肩に感じると同時に、身体のバランスが崩れた。
 無意識の内に上げてしまった声に前の二人が振り返り、姉が焦った表情を浮かべるが、咄嗟の事で態勢が直せず固く目を閉じる。
 次に来るのは転ぶ痛みだと思って。


 ---だがそれは、肩を支えられる感触によって防がれた。


「…前を見て歩け」

 引き寄せられると同時に身体のバランスが取れたのが分かり、恐る恐る目を開けると、ずっと前を向いていた紫色の目が自分を見ていた。

 何故、彼が自分に視線を向けているのだろう…。
 さっき肩に一瞬感じた体温は、何だったのだろう……。

 しばらく現状が把握出来なくて呆然としてしまう。
 が、理解すると同時に頭の天辺から爪先まで一気に熱が上がった。一瞬の内にパニックになりわたわたと腕を動かすが、だからと言って何かが変わるわけでもない。
 そんな彼女に神威は怪訝な表情を向けた。

「どうした」
「えっ、あ、あのっ、迷惑かけてごめんなさいっ!」
「なら余所見をするな」
「ご、ごめんなさい」

 何とか返事をするが、早まった鼓動は静まらず顔の赤味もなかなか引かない。
 そんなやり取りをしている二人の元へ、昴流達がやって来た。

「大丈夫!?」
「う、うん。お兄さんが助けてくれたから」
「良かった。……こらー!よそ見するんじゃないわよ!!」

 姉は妹の無事を確認し安堵の表情を浮かべると、少し離れた場所で驚き立ち止まっていた子供達に向けて怒鳴った。相手は慌てて謝ると、焦ったように走って行った。

「もう!ハメを外し過ぎよ」
「私は大丈夫よ、お姉ちゃん。驚かせてごめんなさい」
「あなたもよそ見はしちゃダメよ」

 そう姉が締め括ると、四人は再び歩き始めようとした。
 だがその時、妹の頭の上へ声が降って来た。

「いつまで掴んでるつもりだ」
「えっ?」

 声の主は神威だ。しかし、彼女には何の事なのか全く心当たりが無い。
 だが、掴むと言えば手に関する事だろうと思い、ふと自分の手の先を見た。
 そして彼女は再びパニックに陥った。

 自分の両手が、いつの間にか彼の腕をしっかりと掴んでいたのだ。

 恐らく最初の時に、気持ちを落ち着けようと無意識に縋るものを探して掴んでしまったのだろう。

「あ、ああああああの、ごごごごめんなさい~!」

 もはや彼女の顔は、頭から湯気が出るんじゃないかと言うほど真っ赤だ。離した両手を再びわたわたと手を動かすが、先程よりも混乱が酷過ぎるためか一向に落ち着かない。
 そんな様子に神威は眉を顰めると、無造作に彼女の左手を掴んだ。

「ふえっ!?」
「…さっさと行くぞ」

 そう言うとさっさと歩き出す---相変わらず、手を繋いだままで。
 これには他の二人も驚いた。

「あのっ、でも、手…」
「また転ばれる方が面倒だ」

 さも彼女がお荷物のような言い方だ。実際、神威にとってはそれ以上でもそれ以下でも無いのだろうが、彼女にとっては全く違う。
 歩き出した彼に着いて行くために足は動かしているが、頭の中は未だに混乱している。
 それでも幾分か落ち着くと、まだ赤味が引き切らない顔に微笑みを浮かべた。

 昴流と双子の姉はそんな二人に驚きつつも、再び前を歩き始めた。神威と妹の方もそれに続く。
 姉は後ろの二人をちらりと振り返ると呟いた。

「あのお兄さんがあんな事するなんて、ちょっと意外だったわ」
「…そうだね」

 隣から返って来た声に違和感を感じ、思わず昴流を見上げる。
 今まで穏やかながらもテンポの良い会話をしていた昴流にしては、あまりにも素っ気無い声音に聞こえたのだ。
 案の定、昴流は後ろへと意識を向けていた。そんな彼を、彼女はじっと見詰めた。
 視線に気付いた昴流が笑顔で問いかける。

「どうかした?」
「…ううん、何でもないわ」

 だが彼女はあっさり答えると、朗らかに笑って「早く行きましょう」と急かした。昴流はそれに諾と返したが、会話は先程よりもどこか散漫で薄いものになっていた。彼が道中、時折意識を後ろへ向けていたからだ。
 だが彼女はそんな昴流に何を言うでもなく、特有の喰えない--でもどこか残念そうな--笑みを浮かべて横目で盗み見ていた。

 しかし、それに昴流が気付く事はなかった。

 

 やがて姉の先導に従い、一軒のこじんまりとした家に着いた。
 外装には赤、青、緑を基調にした、可愛らしいデザインが施されている。
 姉妹は二人で扉の前に立つと顔を見合わせ頷き合い、一緒にノッカーを二回叩くと、すぐさま扉から後ずさり距離を取った。
 それを不思議に思っているとすぐに中から足音が聞こえ、音を立てて扉が開いた。あのまま立っていたなら扉とキス出来る勢いで。

 中から出て来たのは、カラフルな髪を持つ三人の少女だった。
 それぞれ家の外装と同じ色で纏めた魔女の仮装をしていて、姉妹と同じくとても似合っている。

「よく来たな、二人共!」
「いらっしゃいませ」
「さっさと来ないから待ちくたびれたわよ」

 三人の個性が見える口調は面白いほど似ていないが、姉妹を見る優しい目は皆同じで、二人の問いかけを楽しみにしているのが一目で分かった。
 その三対の目が、ふと気付いたように姉妹の後ろに立っている双児へと向けられた。

「お二人とも、その方達は?」
「宿のお客さんで、あたしたちが誘ったの!」
「お兄さんたちも双児なの」

 その言葉に、三人はあっさり納得したようだ。
 赤毛の少女を皮切りに全員が、いっぱい楽しんでいってくれ、と明るく声をかけてくれた。
 そして軽く二、三言葉を交わした後、少女達は姉妹の方へと向き直った。
 姉妹はそれに一度顔を見合わせると、口を揃えて言った。

「「Trick or Treat?」」
「「「Treat(ですわ)!」」」

 少女達からも揃った答えが返り、それと同時に抱えるほどのお菓子を渡された。

「はいっ!たくさん食べてくれ!」
「今日のお菓子はアップルパイとカボチャクッキーですの」
「あんた達に悪戯されたら堪んないからね、たっくさん入れといたわよ!」
「悪戯でも良かったのに」
「だ、だめよお姉ちゃん」

 そんな二人の会話に少女達が笑い、姉妹もつられて笑った。

 その和やかな風景を昴流は微笑みながら、神威はいつもの無表情のままで眺めていた。

 

   ‡ ‡ ‡

 

 あの後何軒か家を回り、祭りは賑やかながら穏やかな終わりを見せた。

「今日はありがとう!」
「こっちこそ誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」
「またこの街に寄る事があったら、遊びに来てね」
「あの、神威お兄さん、ありがとうざいました…」
「……別に」

 双児は姉妹を送り届けるとすぐに宿を出たが、二人が入り口に見送りに来てくれたため和やかな別れの時間となった。
 相変わらず神威だけは素っ気無かったが、それでも二人は気分を害したりはしなかった。むしろその返事を聞いて顔を見合わせ、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
 そして双児に向き直ると、笑顔で言った。

「「さようなら」」

 それに昴流は微笑みながら同じ言葉を返し、ゆっくりと踵を返した。神威は何も言わなかったが、一瞬姉妹を視線だけで振り返るとすぐに昴流の隣を歩き始めた。
 そんな二人の後ろ姿が通りの角を曲がって見えなくなるまで、姉妹は手を振り続けた。

 

 やがて完全に視界に映るのが夜の街だけになると、妹は振っていた手をパタリと身体の脇に落とした。
 力無く俯いた顔に、先程までの笑顔はない。
 彼女はそのままの視線で自分の左手を見つめ、それを大事そうに胸に抱き込んだ。
 そんな妹の頭を、姉は自分の肩口へと抱き寄せ優しく撫でた。

「繋いでもらえて良かったね」
「…うん」

 結局繋いでもらえたのは、三人の家へ着くまでの間だけだった。それ以降は、それぞれの片割れの隣を歩きながら家を回ったのだ。
 消せない期待はあったけれど、彼の性格からして最後までは繋いでくれないだろうと分かっていた。

 だからこれで充分だと、自然に笑みが浮かんだ。
 例え短い時間でも、彼女にとっては幸せな時間だったのだから。

 それでも、その笑みにはどこか翳りが伴い、相反する感情が綯い交ぜになっていた。 そんな複雑な笑みを浮かべる妹に、姉は陰で静かに微笑み返す。

----いつか、あの二人みたいに唯一の相手を見つけられますように

 ひっそりとそう願う姉は、じっと自分達を見つめる視線に気付き顔を上げた。
 少し先の道から同い年くらいの、菫色の目をした少年と白銀の髪をした少年が、こっちへと駆け寄ってくるのが見えた。その顔に浮かぶのは、どちらも心配げな表情だ。
 姉が顔を上げたのに気付いた妹もそちらを見る。
 姉妹は目を瞬かせて今日何度目か顔を見合わせた後、彼等へと笑顔を向けた。
 
 ---花の綻ぶような、愛しさに溢れた笑顔を。

 

 姉妹と別れてすぐに、二人は人気の無い街外れまで移動した。
 すでに夜も更け風が体温を奪うように吹き付けたが、それでも二人の指先は温かかった。
 昴流が音の消えた街を振り返る。

「楽しかったね」
「そうか」

 神威は自分の感想等は一切口にしなかったが、それでも目元は幾分か穏やかだ。
 彼が表情ほど不機嫌ではなかったのを、昴流はちゃんと分かっていた。

「でも、神威があの子を気にかけたのはちょっと意外だったな」
「別に気になんかしてない」
「そう?」

 普段の神威なら例え彼女が転ぼうが助けようとはしなかっただろう。なのにさりげなく助けたのは、ただの気まぐれか、はたまた雰囲気を楽しんでいたからか。

 どちらにしても、昴流には面白いと言えるものではなかった。
 先程少女と繋がれていた手が、自分のものへと代わっていたとしても、だ。
 だから徐に彼の右手をそっと掴み上げると、指先へとキスを贈った。

「昴流?」

 突然の行動に疑問符を浮かべている相手に笑みを返すと、その指先を口に含み、軽く歯を立てる。更に、指の腹を舌でチロリと舐め上げると、彼の肩が僅かに揺れた。
 それを認め、昴流は指先を解放すると、最後にもう一つキスを贈った。

「君の隣もこの手も僕専用だから、ちゃんと覚えておいてね…?」
「……っ」

 神威はその言葉に僅かに目を見開いたかと思うと、すぐに口を引き結び、じとっと上目遣いに睨み上げた。

「勝手にお前の所有物にするな」
「ヤダ」

 にっこり笑って即答で返される。神威はそれに苦々しい顔をすると、目を逸らしながら言った。

「…お前が同じ条件を飲むなら、考えてやる」

 一瞬の間。
 思わず驚かされた昴流だが、すぐに我を取り戻すとこれ以上なく破顔する。こんな風に不意打ちで伝えられる気持ちが、何よりも嬉しくて。
 だから返す言葉は決まっていた。

「当たり前でしょう」

 そう、それは息をするのと同じくらい当然の事。
 だからそれ以上の言葉を返せない。

「破るなよ」
「しないよ、そんな事」

 ずっと隣に居たいのも、体温を感じていたいのも、片割れ以外存在しない。
 なのに、どうして誰かに譲れるだろう。互いの今更な問いかけに、どちらも内心苦笑する。
 だから視線が合わさると同時に二人は目元を和ませ、自然と手を握り直した。

 そして二人が目を瞑るとそれを合図に次元移動の術が発動し、開いた道が二人を誘った。次第に術の引力が強くなり、まともに立つ事さえ難しくなる。

 

 だが、どちらも繋いだ手は離さなかった。

 ---二人の姿がそこから消えても、ずっと。

 

   ‡ ‡ ‡

 

 自分達には人と比べものにならないくらい永い時間がある。
 けれど、その時間をずっと変わらずに過ごすだけじゃつまらない。
 せっかく隣に大切な相手が居てくれるのだから、普段と違う時間があってもいいでしょう?


 全ては、片割れの色々な表情を見たいが故。


----次の次元ではどんなお祭りがあるかな

 今回付き合ってもらった時、最初に一回だけと約束したが、昴流はすでに次のイベントを心待ちにしていた。
 自分に甘い彼は今回だけだと言いながら、きっとこの先もしかめっ面をしながら付き合ってくれるだろうから。

----そんなところが愛しいんだって、君は知らないだろうね

 いつか、ちゃんと本音を言ってみようか。
 繋いだ手から伝わる低い体温を感じながら、昴流はそっと笑った。

 次の世界に新たな期待を寄せながら。

 


 【FiN

 旅に出てから、色々な次元で色々なイベントに出合ってきた。
その度にいつも自分は片割れに連れ回されてばかりだったけれど、
 面倒だった事はあっても、嫌だった事は一度もなかった。
二人で楽しむのが好きだからこそ、イベントが好きな奴だから。
                                            
でも、そんな片割れに対して、自分からイベントに乗ってやった事は一度もない。
だから、たまにはこっちから何かしてやるのも良いかと思った。
 少し低めの体温と穏やかな笑顔で自分を振り回す、あいつに。
                                            
                                            
                                            
                                            
VAMPIRE's VALENTiNE!?

 


 その次元に降り立った時、二人は街の様子を見て食事がてら休憩を取る事にした。
 春を迎える前の薄寒い風が二人の間を時折吹き抜けて行くが、街は一目見て治安も良く過ごしやすいだろう事が分かったからだ。

「良かったね、予備の服が使えて」
「あぁ」

 二人はこの旅に出てから、たまに食事をしたり休息を取る時のために人間の衣服を何着か持ち歩いていた。次元によって世界の在り方さえころころと変わる中では、人間の衣服はそれ以上によく変わってしまう。
 現地で調達しても良いのだが、すぐに旅立ってしまう次元も多く、普段の服装では調達する時点で怪しまれる可能性もあるため、自分たちの次元を旅立つ時に人間の衣服を多少持って来ていた。
 更に以前の次元でたまたま手に入れたコートを、嵩張るからと手離す前だったのも運が良かった。 もしコートがなかったらいくら吸血鬼と言えども寒いし、人から見ても不自然だっただろう。

「それじゃ僕は食事して来るね。神威も程ほどになったら宿に戻ってね」
「分かってる」
「じゃ、また後で」
「あぁ……と、昴流、地図は持ったか?」

 いつも一緒に居る事が多い二人でも、こうした休憩等の時はよく別行動をする。だが昴流は何故か昔から、地図を持たせなければ一人で行動させるのが不安なほどの方向音痴だった。
 なので神威は旅の間に別行動をする時は、出来る限り地図を手に入れるようにしていた。今回持たせたのは、宿を取るまでに歩いた街の一角で無料配布されていたものだ。

「…持ってるよ。もう、子供じゃないのに」
「日頃の行いを顧みろ」
「…………………じゃあ、行って来るね」

 それこそ子供のような文句をすっぱりと一刀両断すれば、取り付く島のなさに昴流は沈黙してしまった。心なしか一瞬背後に暗雲が立ち込めたようだったが、神威の容赦のなさは今更と割り切ったのか苦笑しながら部屋を出て行った。

「…本当に大丈夫か、あいつ」

 どうしても心に残る一抹の不安を感じながら、神威も部屋を出た。

 

   ‡ ‡ ‡

 

 外に出て宿の近くの大通りを歩きながら、神威は今後の予定を考えていた。
 普段なら食事は餌から摂取するが、旅に出てからは現地調達しなければならなくなった。餌以外の血を飲めないわけではないから適当な人間を引っ掛けて食事を済ませれば良いのだが、生来食欲に乏しい神威は面倒そうに人の波を眺めて溜め息を吐いた。

 目に付いた奴を引っ掛けようと適当に辺りを観察すると、視界の端に人だかりが止まった。女性向けの可愛らしい店の前が女性で溢れかえり、それに混じって何やら甘ったるい匂いも漂って来る。
 店のレイアウトや広告を見れば、明日の日付と共に見知らぬ文字がカラフルな装飾をされていた。

「何かのイベント、か…?」

 思わず呟きが漏れるが、その内容に言ってしまってから眉を顰めた。
 イベントと言うと、どうしても片割れに付き合わされた今までの事を思い出してしまい、無意識に眉間に皺を寄せてしまう。今まで付き合わされたものを嫌だと感じた事はないが、これはもはや面倒くさがりな神威の条件反射だ。

 それはともかく人の多い場所を見つけられたのだから、さっさと食事をしてしまうに限る。漂ってくる甘ったるい匂いには正直あまり近付きたくないが、これから新しく探しに行く手間を考えればそこは我慢するべきだろう。
 そう決断すると、神威はさっさと店へと足を向けた---が、もう少しで入り口と言うところに来て、大きな荷物を抱えた少女と擦れ違い様にぶつかってしまった。当然と言うように、彼女の持っていた荷物は地面へと零れ落ちてしまった。

「あっ、ごめんなさい!」
「いや…」

 慌てて荷物を拾い集める少女を、仕方なく神威は手伝った。普段なら気にせず通り過ぎるのだが、さすがに人目のありすぎるこの場所でそれは憚られたのだ。
 神威がしゃがみながら拾った品物を手渡すと、少女は突き付けられたそれに一瞬チョコブラウンのような瞳を丸くした後、溢れんばかりの笑顔を向けて来た。

「ありがとうございます!」
「……別に」

 短く跳ねるビター色の髪が、目の前で勢い良く下げられた。しゃがんだ状態でのお辞儀だったが、立っていたなら軽く九十度近く上半身が曲がっていたかも知れない。
 それに内心で目を瞠ったのは、神威の方だった。今まで荷物を拾ったくらいでここまで大げさに感謝された事はなかった。最も、神威が進んでそんな事をしてやったのは昴流くらいのものだったので比較対象が少ないのだが。

 とにかく、神威はさっさと荷物を拾おうとした。さっきの少女の声のせいで、店内の視線が入り口へと集中してしまったのだ。向けられる視線が短気な神威の神経を逆撫でする。
 だが原因である少女の方はと言えばそんな事はお構いなしに、手を動かしながら神威に話しかけて来た。

「お兄さんもチョコ買いに来たんですか?」
「………」
「あたしも友達とかの分を買いに来たんです」
「………」
「お兄さんは誰にチョコあげるんですか?」
「………何でチョコなんだ?」

 返事を返さない神威に気分を害した様子もなく笑いながら話す少女に、神威は苛立ちと僅かな疑問を込めて問い返した。

「だって、明日はバレンタインだから」
「何だそれは」

 問い返された事に更に笑顔を募らせていた少女は、思いも寄らぬ神威の返答に再び目を丸くした。 一瞬荷物を詰める手も止まってしまった。

「お兄さん、バレンタイン知らないんですか?」
「あぁ」
「じゃあ、チョコ好きなんですか?」
「別に」
「?じゃあ、お菓子作りが好きなんですか?」
「…いや」
 
 ようやく荷物を詰め終わった二人はコートの裾を払いながら立ち上がった。だが少女の質問は終わらず、首を傾げながら笑顔を浮かべて訊いて来る。その表情がどこか不思議そうなのは気のせいだろうか。

「あっ、それじゃお遣いですか?」
「…何でそう思う」

 度重なる質問にいい加減うんざりし扉に手を掛けていた神威も、流石にここまで重ねて問われれば自分がこの店に入ると不都合があるのだろうかと思い、少女へ身体を向き直した。
 そんな神威に、少女はあっさりと答えをくれた。

「だってここ、お菓子の材料専門店だから」

 …一瞬の内に、色々な思考が頭を過ぎって行った。
 だから女がこんなに居るのに男は居ないのか、甘ったるい匂いがするのか、…て事はここは男子禁制なのか?
 思わず手を口に当てて考え込んだ神威は、ふと浮かんだ疑問を少女に問い掛けた。

「ここに男は入れないのか?」
「そんな事ないです!でも、男の人はあんまり来ないから。この時期は特に」

 入っても良い事は分かったが、少女の答えからしてかなり浮くだろうと簡単に予想出来た。
 だが、この時期と言うのはどういう事かさっぱり分からなかった。

「明日は何かあるのか?」
「明日はバレンタインって言って、女の子が好きな人にチョコをあげる日なんです!」
「好きな人…」
「他にも、家族や仲の良い友達にも普段の感謝を込めてあげたりするんです」
「男はやらないのか」
「外国では男の人からもあげたりするらしいです」

 それに神威は無意識の内に、再び口元に手を当てて考え込んでしまった。
 いかにも昴流の好きそうなイベントだと思ったのだ。

 血を糧とする吸血鬼にも、嗜好品というものは存在する。
 嗜好品は摂取したところで糧にはならない、味を楽しむためのものだ。その中でも特にアルコールや菓子といった類のものは多くに好まれていた。
 神威も昴流ほど摂取しないが、チョコ等の甘味は嫌いではない。昴流にいたってははっきりと好んでいる。

 だからこそ、昴流が好きそうだと思った。
 昴流はイベントを楽しめるのなら男女間の決まりはあまり細かく気にしない。今言われたバレンタインが女性中心のイベントだとしても、楽しめるなら性別など気にせず神威を巻き込んだだろう。
 旅の間、あまり嗜好品を口にしていなかったから尚の事。

「どうかしましたか?」
「……いや」

 ふと、少女に問い掛けられて我に返った。自分で訊ねたまま思考に没頭していたらしい。けれど無視される形となっていた少女は気にする様子もなくほんわりと笑っている。

「お兄さんも、誰かあげたい人が居るんですか?」
「…別に」

 その質問に神威はほんの一瞬逡巡した後、あっさりと否定を返した。
 やれば喜ぶだろうと言うのは想像に難くない。イベントはどうでも良いが、たまには嗜好品を買って行ってやるのも悪くはないだろう。
 だが生憎気紛れを起こそうにも、神威はこの世界の通貨を持っていなかった。それにたとえ買えたところで煩わしい視線に晒されるのはご免である。
 食事は別の場所にしようと踵を返した神威を、少女は一体どう捉えたのだろうか。
 徐に神威の腕を掴んで引き止めると、ふんわりと笑いかけてきた。

「…一体何のつもりだ」

 思わず訝しげな鋭い視線を向けるが、相手は一向に怯まずにっこりと笑って言った。

「一緒にチョコ作りしませんか?」
「…………は?」

 

   ‡ ‡ ‡

 

----どうしてこんな事になったんだ…?

 神威は不機嫌な表情を浮かべながら、手元を睨んだ。
 その視線の先にあるのは……ボウル一杯に入れられたチョコレートだ。

「それじゃ、丸めましょう!」
「……あぁ」

 憮然とした答えに、何故か白と黒のテディベアを背負った少女は機嫌の良い笑みを更に深めた。
 それを見て神威は、もう何度目かも知れない溜め息を吐き出した。

 

 時間は少し前に遡る---

 あの後、少女は内心戸惑っていた神威に折角のバレンタインなのだから一緒にチョコを作ろうと誘い掛け、自宅へと引っ張って行った。
 いっその事腕を振り払って帰ろうかと思ったが、よくよく考えれば誰にも見られずに食事が出来る絶好の機会だと思い直したため、神威は抵抗せずに少女の家へと付いて行った。
 だが、この少女と神威の相性はある意味において最悪だったのだ。

 家へ着きリビングへとあがったところで、神威は食事をしようとテディベアを背負おうとしている少女の背後を取ったが、手を伸ばすと同時に勢い良く振り返られた挙句、こっちが口を開く前に笑顔でエプロンを押し付けられてしまい、初手のタイミングを逃してしまった。
 これが色事に慣れた女なら多少タイミングを外されたところで、そんなものは無視して食事でも何でも出来るのだが、無邪気な笑顔で信用やら好意やらを向けられると、どうにも勝手が違う。
 タイミングを逃してしまい眉を顰めた神威に、少女は「すみません、今すぐ用意しますね」と笑い掛けると、キッチンへと荷物を運びに行ってしまった。
 それでも再びキッチンで用意をしている少女の背後を取り、今度こそ問答無用で喰おうと思ったら、またもや気勢を削ぐ絶妙のタイミングで振り返り「お待たせしました!」と菓子作りの道具を渡されてしまった。

 その後も食事をしようとする度に悉くタイミングを外されてしまい、一時は故意にやっているのかと思ったが、どうやら根っからの天然から来るものらしいと分かった。
 常々邪気のない好意による押しに弱いと片割れに評されて来た神威は、これがそうなのだろうかとようやく自分でも思い至った。毒気を抜かれて手を出し難い。
 その後も少女の絶妙な天然さにより食事どころか文句を言うタイミングさえ潰されてしまい、結局断る事さえ出来ずチョコ作りをするに至ってしまった。

 

 こうなったらさっさと作り終えてしまおうと開き直った神威は、不機嫌さを隠す事なく無言で作業を進めて行った。
 先程冷蔵庫から取り出されたばかりのボウルの中のチョコを、どうすれば良いのか分からずに神威はただ眺めていた。そんな神威の横に少女が器を持って来る。

「神威さんはこっちに乗せていって下さい」

 そう言うとボウルに入っているチョコを一口分手に取り、慣れた手付きで大まかな形に丸めると、神威とは別の器に置いて行った。
 神威もそれに倣いボウルの中のチョコレートを一掴みすると、手の中で綺麗に丸め始めた。掌に程よい硬さが伝わって来る。だが、やはり溶け易いだけあってすぐに手の中でべた付いてしまい、形が整わない。
 上手く丸める事が出来ず悪戦苦闘している神威に気付いたのか、少女は簡単なアドバイスをくれた。

「最初は大まかに丸めるだけで大丈夫ですよ」
「…?」

 元居た次元で同じような形のチョコレートを知っていた神威は、内心それで良いのかと疑問符を浮かべた。
 口に出されなかったそれを的確に読み取った少女は、笑いながら補足してくれた。

「最後のココアをまぶした後で整えると、ベタ付かなくてやり易いんです。だから今は適当に丸めても大丈夫ですよ」
「…そうか」

 少女の器を見れば、言った通り適当に丸められたチョコがたくさん並んでいた。
 最初から形を整えなくていいなら、神威の仕事も俄然早くなる。先程よりも数倍早いスピードで器にチョコが並んでいく。
 しばらくの間二人は黙々チョコを作っていった。神威は無表情に、少女はおっとりとした笑顔を浮かべながら。沈黙がキッチンに横たわっていたが、どちらも気にしない。
 やがてボウルの中のチョコが半分以下に減った頃、少女が口を開いた。

「量が多いからちょっと溶けて来ちゃってますね」
「……」
「こっちはあたしがやりますから、神威さんは仕上げしちゃって下さい」
「……あぁ」

 少女がボウルの中の残りを引き受けている間に、神威は素早く手を洗って水気を取ると、自分の器のチョコにココアを振り掛けて手の中で再び転がし始めた。ココアを掛ける前よりもサラサラとした感触がして、先程よりも形が綺麗になっていく。
 それを確かにやりやすいと思いながら、神威は自分の器のチョコを仕上げていった。
 程なくして少女の方もボウルの残りを作り終わり、同じようにココアを振り掛け仕上げを始めた。

「神威さんのチョコ綺麗ですね」
「……別に」
「お菓子作りは初めてですか?」
「……あぁ」
「きっともらえる人も喜びますね」
「…………」

 向けられるほんわりとした笑顔を見ながら、その言葉をリアルに脳裏に描いてみた。
 確かに喜びはするだろうと思う。だが、それ以上に驚くだろう。
 今まで気紛れに何かを渡す事はあったが、手作りのものを渡した事は数多い記憶の中で一度もなかったから。
 それを想像すると、少し渡すのが楽しみなように思えた。いつも振り回されてばかりだから、たまには逆に振り回してやるのも良いだろう。ほとんど成り行きでやる事になってしまったチョコ作りも、渡された時の昴流の顔を思い浮かべるとほんの少しだけ面白く感じた。

 

 やがて全てを仕上げ終わった二人はチョコを一旦冷蔵庫に入れて冷やす間、残りのココアを飲みながら時間を潰した。
 少女がココアを淹れている間、神威はもはや食事をしようとは思わなかった。
 と言うのも、背後から襲おうとした瞬間にまた絶妙なタイミングでかわされると想像がついてしまったからだ。そのまま襲おうという気概さえも削ぐ絶妙なタイミングは天性のものだろう。
 これが故意ならばどうとでも出来ただろうなと思いながら、神威は差し出されたココアを口に含んだ。控えられた甘さが丁度良い。

「お砂糖足りなかったら好きなだけ足して下さい」

 トレーに乗せられた二人分のカップと共に持って来られたシュガーポッドがテーブルに置かれた。 それに添えられるようにして、クッキーを持った器も置かれる。
 だが、どちらもそれに手を伸ばす事なくゆっくりとココアを啜った。

 ゆったりとした時間が流れ、神威は何とはなしに目の前の少女を見た。
 見ず知らずの男を家に軽々しく招くほど積極的なのに、こっちが黙っていても会話を急かすような真似はしない。背後を簡単に取らせるほど無防備なのに、天性のタイミングで無意識にそれを回避してみせる。
 永い時を生きてきた神威は色々な人間を見てきたが、ここまでちぐはぐで天然な人間は見た事がなかった。
 だからかも知れない、自分から問い掛けるような事をしたのは。

「お前は、よくこんな事をするのか?」
「こんな事?」
「見ず知らずの人間を簡単に家に上げるのか?」
「…あんまりしない、ですよ?」

 あんまりと言う事はたまにするのか、大体なぜそこで疑問系なんだ、と思ったがこの少女なら納得出来るような気がした。
 実際彼女の知り合いから言わせれば、彼女の無防備さと天然さは比類するものがいないのは既知の事実である。それをよく指摘される少女は無意識に引き合いに出してしまい、言い切るにはいまいち自信が持てなかったのだが、それでも自分で思った事を口にした。

「なら、何で俺を連れて来た」
「えーと、……?」

 その問いに少女は首を傾げて考え込んでしまった。その様子に神威は、こいつ本当に大丈夫なのかと、柄にもなく少女の無防備さを心配しそうになってしまった。
 やがて少女はふと何かに思い当たったような表情をすると、笑いながら言った。

「神威さんが、大切な人にチョコをあげたいと思ってるように見えたから、かな」
「…!?」

 思わず耳を疑った。
 あの時神威がチョコをあげてみようかと考えたのはほんの一瞬の事で、更に神威は表面上はいつも通りの無表情のはずだった。なのに会ったばかりのこのおっとりとした少女が、あの一瞬でそれを読み取ったのだろうか。
 神威の内心の動揺を分かっているのかいないのか、目の前の相手はほんわりとした笑みを深めて続けた。

「あげる相手が誰であっても、気持ちを込めて作ったチョコをもらえたら、嬉しいと思うから」
「…………」
「普段口にしない言葉も、手作りのお菓子は伝えてくれるんです」

 あまりに単純明快な理由に、神威は無表情の裏で戸惑っていた。
 常から人間の心理をあまり理解していない神威だが、この少女がある意味規格外だと言う事は流石に分かった。そんな目に見えないあやふやな理由で、見ず知らずの相手を家に招いて一緒にお菓子作りをする神経は、天然を通り越してただの馬鹿だろうと思う。
 自分がここに来たのは食事をするためで、言わば少女を害するためだ。もし少女の天然振りがなければ、とうに食事をしていたはずだった。
 こんな人間にわざわざ訊いたのが間違いだったと嘆息しそうになったが、何故か言われた言葉は神威の頭の中にしっかりと響いた。

『普段口にしない言葉を伝えてくれる』

 それは神威に最も関わりの深い言葉だった。
 神威は昔も現在も口数が極端に少なく、淡々とした口調で最低限の事しか喋らない。それは片割れと居る時も同じである。そんな神威に対しもっと喋るように要求する者は多かったが、昴流だけはありのままの神威を受け止めて、そのままで良いと言ってくれた。
 だから昴流の傍は居心地が良い。無理に自分を飾らず自然体で居られるのは、濃い緑の中で肺の底まで深呼吸が出来るような安堵感がある。

 けれど、今まで昴流に対しそんな心の内を伝えた事は一度もないし、これからもするつもりはない。 神威と同じ事を昴流が感じているのは雰囲気から分かるが、それは特別口に出すべき事ではないと思っている。
 そうして神威の心の内にだけ存在する気持ちは、過ごして来た刻と同じだけ心の中にある。たぶん昴流もそうだろう。
 口に出したくないから言わない訳ではない。敢えて言うなら照れくさいのだ、どちらも。あまりに身近で当たり前になりすぎて、改めて口に出すには言いにくい言葉達。それを口に出す機会は滅多にない。
 けれど目の前の少女の言を真に受けるなら、作ったチョコがその切欠になると言う。

「神威さんは、そういう言葉を伝えたくなる時ってないですか?」
「………さぁな」

 伝えてみようかと思う瞬間は過去にもあった。そんな時、神威は思うままに伝えた事もあれば、いつか伝えてみようかと思ってそのまま胸に沈めてしまった事もあった。永い時間を持つ自分達にはいくらでも機会はあると思って。
 そう思って気付いた。人間は、自分達のように永い時間を持っていないのだ。

「…お前は、伝えたい奴がいるんだな」

 ほとんど断定するような神威の言葉に少女は一瞬目を瞬かせると、今までで一番ほんわりとした、はにかんだような笑顔を返してきた。

 

   ‡ ‡ ‡

 

 もはや陽が落ちて久しい帰り道を、神威は小さめのペーパーバッグ片手に辿って行った。
 あの後、少女は出来上がったチョコを素早くラッピングし、ペーパーバッグまで用意してしっかりと神威に持たせた。そのコーディネートが赤と紫だったのは、偶然とはいえベタだと思わせるものだった。
 だがそれに異を唱える暇もなく、少女は神威の背を押して玄関へと送り出してしまった。何か言おうにも材料費も何もかも負担してもらった手前、にこにこと笑っている少女に流石の神威も何を言えば良いか分からなくなり、暇の挨拶もそこそこに宿へと戻ったのだった。

 

 その背中を見送りながら、少女は静かに微笑んだ。
 その表情は先程までのほんわりとした笑顔を浮かべていた少女と同一のものとは思えなかった。
 神威の後ろ姿が見えなくなると同時に、彼女は微かに浮かんでいた笑みも消して家の玄関を振り返った。春には未だ遠い季節に、コートを羽織っていない痩躯は冷えるというのに家へと足が進まない。 隣の家へと視線を移してもそこに灯りはなく、夜を映すばかりだ。門扉に手を掛け、足をぶらぶらと揺らして時間を潰す。せめてもう少しだけでも良いから、人の気配が残っている家へ入るのを遅らせたかった。
 だが少女の落とされていた視線は、遠くから聞こえてくる足音によって戻された。
 街頭の明かりの元に照らされた人影を認めた瞬間、少女は晴れやかな笑みを浮かべた。

「先生っ!」
「っ、お前、その格好で外に居たのか!?」
「ちょっとだけだから大丈夫」

 先生と呼ばれた男は思わずと言ったように声を上げたが、少女のあまりに嬉しそうな笑顔に二の句を告げなくなった。
 薄着を注意しようとした男が門扉越しに少女へと近付くと、間近に立つ彼女から甘やかな匂いが香って来て思わず眉を寄せた。

「良いから中に入れ、……何か甘い匂いがするな」
「あのね、さっきまでお菓子作ってたの」
「そうか」
「凄く楽しかったの!」

 少女が満面の笑みに、男は何となく訊いてみた。
 それは本当に何となく口にした問いだったのだが…。

「一人でか」
「ううん、二人!」
「あいつら来てたのか」

 少女の友人を思い出しそう言ったが、それならば三人ではないだろうかと疑問に思っていると予想外の答えが返って来た。

「違うよ、知らない人」
「っ……!?」

 今彼女は、知らない人、と言っただろうか。
 いやまさかとは思いつつ、普段の天然振りを知っているだけに否定出来ず、男は重ねて訊いた。

「知らない人ってのは…どういう事だ」
「えっとね、今日買い物してた時に会った人と、一緒にお菓子作りしたの」
「っ……!!」

 これにはさすがに男も頭を抱えた。
 警戒心がないのは知っていたが、これほどとは。危ない相手だったらどうするつもりだったんだ、この少女は。

「あんまりお喋りしない人だったけど、凄く真剣にお菓子作ってくれて楽しかったんだー」
「……そうか」

 あまりに楽しそうな少女に水を差し難くて、男は心なしか頭痛を感じる側頭部に手を当てたが、当人は至って暢気に今日の出来事を報告して来る。
 これは近い内に改めて注意と自覚を促さなければと、男は密かに決意した。

 

   ‡ ‡ ‡

 

 一方宿に帰り着いた神威は、部屋の扉の前で逡巡していた。
 ただ部屋に入るだけならこんなに悩む必要はないが、手に持っているチョコがいやでも存在感を主張して来るのだ。
 何も言わずただ渡して良いのだろうかと、神威は柄にもなくシチュエーションと言うものに捉われていた。
 あの少女を規格外だとは思っても、言われた言葉は間違いなく神威の関心を引いた。
 それ故に、どうしようか迷ってしまったのだ。

 それだけでなく、慣れない行動も神威を内心迷わせていた。
 今まで神威が自分から動こうと思った時、そこに気紛れ以上の意味はなかった。今回は成り行きと気紛れで作ってしまったが今まで振り回されてばかりだったせいか、どんな顔をして渡せば良いかいまいち分からなかったのだ。
 柄でもない事が重なりすぎて、憂鬱な気分が降り積もって行く。単なる成り行きと気紛れの産物だったはずのチョコが、心なしか重くなった気がした。

「神威?」
「っ!」
「どうしたの、ずっと廊下に突っ立って」

 一体どれほどの時間悩んでいたのだろうか。
 些か呆れた風情の昴流が内側から部屋の扉を開け、腕を掴むと神威を部屋へと招き入れた。

「いつ入ってくるかと思って待ってたんだよ?」
「……悪い」

 その返答に昴流は眼を瞬かせた後、ふっと笑った。

「別に悪くないよ。ただ、何かあったのかと思って」

 そう言って神威の腕に自分の腕を絡め、部屋の奥へと引っ張って行くとベッドに腰掛けさせた。するとその低めの体温に何故か身体の力が抜けるのを感じた。同時に、ごちゃごちゃとした思考も抜けて行き、神威は自然に持っていたペーパーバッグを差し出せた。

「なぁに?これ」
「やる」
「…僕に?」

 こくりと無言で頷けば、昴流はまるで恐る恐ると言ったように慎重に中身を覗き込んだ。それに失礼な奴だと思いつつ、一連の動作を見守った。
 昴流はペーパーバッグに中から赤と紫で纏められたラッピングを取り出し、しげしげと見つめた。

「まるで神威みたいだね」
「…言ってろ」

 自分でもそう思ったくらいだから、昴流がそう思うのも無理ないだろう。だが、改めてあげた相手の口から出ると恥ずかしいものなのだと、神威は嫌でも実感させられた。
 思わず憮然とした表情で素っ気ない言葉を返すが、昴流は意に介さない。

「だって綺麗だよ、このラッピング」
「………」

 そう言ってにっこり笑った昴流は、更にラッピングを解いていく。吸血鬼の鋭敏な感覚ならばもう中身はとっくに知られているだろうが、まさかそれが手作りだとはバレていないだろう。
 案の定中身を見た昴流は驚くでもなく、でも嬉しそうに頬を緩ませた。

「美味しそう。これ、ほんとに僕がもらって良いの?」
「あぁ」
「でもこれ手作りでしょう?神威へのプレゼントじゃないの?」
「ちがう」

 外で食事をして来たとなれば、やはり片割れの手作りとは思い付かないだろうし、誰かから貰ったと考えた方がまだ自然だろう。やはりと言うか、昴流もその結論に至った。
 だから、次の昴流の台詞も当然と言えば当然だった。

「一つくらい食べたら?」
「俺が食っても意味がない」
「何で?」
「………」

 ここでバラすべきか、神威は口元に手を当てて考え込んでしまった。
 手作りのお菓子が口にしない気持ちを伝えてくれるのなら、やはり手作りである事は伝えるべきなのか。
 どちらにしても相手が答えを待っている以上、それは言うべきかも知れないと神威は口を開いた。

「俺が作った」
「え?」
「……だから、それは俺が作った」

 だから自分で口にしても意味がないと言い切った神威は、今までの経緯を淡々と語った。
 少女に出会ってから帰って来るまでの経緯を大方喋り終わると、そこでようやく神威は横を向いて黙り込んでしまった片割れを見た。すると。

 昴流は、チョコを持ったままの状態で眼を見開き、石化と言うのが相応しい状態で全ての時間を止めていた。

 これに驚いたのは神威も同じだった。
 驚くだろうとは予想していたが、まさかこんな抜け殻のようになるほど驚くとは思っていなかったのだ。

「昴流…?」
「…………」

 あまりの無反応に不安になって顔を覗き込んでも、一向に反応しない。自分でも似合わない事をした自覚はあったが、ここまで驚かれると些か腹が立つ。やはり柄にもない事はするべきじゃない。
 だから神威は不機嫌を隠さずに、元凶となった物体を取り上げようと入れ物に手を掛けた。

「いらないなら捨てるから、無理しなくて良い」
「っ、そんな訳ないじゃないっ!」

 あまりに唐突な大声に、神威は思わず手にした入れ物を落としそうになった。
 だがすかさず昴流の手が伸び、それは落ちる事なく手の中に収まった。
 唐突な反応に神威が驚いていると昴流はベッドにそっと入れ物を置き、神威を横から強く抱き締めた。その抱擁は人間なら痛みを感じそうなほど強く、神威でさえ息苦しさを感じた。

「…、昴流、」
「ごめん。でも、我慢できそうにないや」

 普段から自分であまり行動を起こさない神威は何かをくれる事はもちろん、手作りのものをくれた事は一度もない。それが成り行きとはいえ、まさか手に入るとは思わなかった。
 たとえ成り行きでも、本当に面倒でその気がなかったら神威は絶対に作ってくれなかっただろう。 それが分かるからこそ、嬉しくてたまらなかった。
 神威が自分の事を気に掛けてくれているのは良く知っているが、それでも、ほんの気紛れでもここまでしてくれるとは思った事がなかったのだ。

 普段表わされないからこそ、心に響くものがある。
 もしも神威が普段からこういった行動を起こす性格だったなら、ここまで昴流の心に響く事はなかったはずだ。
 けれどあまり自分から行動を起こさず面倒だと切り捨てる神威が、自分のためにこうして行動してくれる。それが喜びでなければ何と表現できるだろう。
 ましてや、お菓子作りなんてものは神威が最も面倒と感じるものの一つだろう。だからこそ、初めてもらうと言う事実と相俟って、昴流に言いようもない歓喜を与えてくれる。
 こうやって時折示してくれる自分への“特別”がどれほど嬉しいか、神威自身はきっと気付いていないだろう。

 チョコに視線を移せば手作りの名残のある、けれど綺麗に整った形が幾つも見えた。それにさえ果てしない愛しさが募る。
 どれも美味しそうな甘い匂いを漂わせていて、甘いものが好きな昴流の嗅覚を擽り、自然と笑みが浮かんだ。

「そういえば、神威は味見したの?」
「いや…」
「そっか」

 普段昴流ほど菓子類を口にしない神威の事だから味見まではしていないだろうと思って訊ねれば、予想と違わない答えが返って来た。

「なら、食べてみない?」
「いや、別に、」

 その言葉は最後まで続かなかった。
 言葉を発するための口腔は、絡まる舌と蕩ける酔いに似た甘さに支配され、神威の自由にならなかった。物理的にも感覚的にもせり上がって来る疼きが全身に巡る。作る時に混ぜられたブランデーが、必要以上に存在を主張したのは気のせいだろうか。

「--っ、ふっ…!」
「甘いね…。それに、とっても美味しいよ…」

 口腔から甘さが消える頃には、二人の眼は既に色を変えていた。それは奇しくも先程咥内で溶けたばかりのチョコに混ぜられたブランデーのように、熱を孕んで揺れていた。
 そう言えばいつか聞いた気がする。この菓子は一部では“媚薬”と呼ばれると。

----好きな相手に媚薬を渡す、か。

 ならば自分は自ら片割れに媚薬を盛った事になるのだろうか。
 自分から虎口に足を踏み入れるとは。柄にもない事はするものじゃないと思いながらも、神威はどこか満たされた自分を感じた。
 何せ、体温を感じるだけで安心し、チョコを喜ぶ姿を見れただけで言葉を交わす以上に満足してしまった自分が存在するのを自覚してしまったのだ。思えばずっと昔から、どんな言葉を連ねるよりも確かにある隣の体温が一番雄弁に想いを語って来た。
 言葉は大切だが、自分達はやはり熱で伝え合う方が性に合ってるのかも知れない。

----これが切欠だって言うなら、充分…か。

 そう納得した神威は、言葉じゃ足りない想いを伝えるために昴流の背に腕を回し、次の甘いキスを待った。

 


【FiN】

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TaLES SEaRCH
MAiL FoRM
TaLE MASTeR
HN:
火-KaGaRi-狩
HP:
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職業:
学生(not未成年)
趣味:
睡眠&妄想
自己紹介:
神威という存在に惹かれ続けX年、とうとう至上の片割れを発見。
同属に電光石火でROM専から萌え落とされ墜落。

双児への愛が溢れる限り叫び続けます。
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